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最後の時
2008/12/26(Fri) 00:50:12

私、ララシティが閉鎖になるという告知を見ても実感が伴わなかったのですが、マスターがいなくなったと聞いて、閉鎖されたあとのララシティをイメージしてみました。

閉鎖したあとも、データは、これからも閲覧可能ということですので、ヴェスヴィオ火山の火砕流で一瞬のうちに埋もれた古代ローマのボンベイ市のようでもあり、イーグルスが歌った「Hotel California」(1976)やユーミンが歌った「時のないホテル」(1980)のようでもあり……

夜の砂漠のハイウェイで見つけた「ホテル・カリフォルニア」では、戸口に現れた彼女が、キャンドルに灯をともし、部屋へと案内してくれます。

♪Her mind was Tiffany-twisted, she got the Mercedes bends
♪She got a lot of pretty, pretty boys, that she calls friends
♪How they dance in the courtyard, sweet summer sweat,
♪Some dance to remember, Some dance to forget
(彼女の心は、ティファニーやメルセデスに酔い、
 彼女が「友人」と呼ぶ美しい青年たちに囲まれて
 中庭で優雅におどっています。甘い夏の汗の香りをただよわせて
 過去の栄光を思い出している人たち、現実を忘れようとしている人たち)

「ワインを飲みたいのですが」とキャプテンに告げると、「あのお酒は、1969年から、ここには置いていません」という返事。そして、彼女は、つぶやきます。
“We are all just prisoners here, of our own device”
(私たちはみんな、みずからの意志で、ここで囚われの身となっているの)
出口をさがして走りまわりますが、夜警に「ここを立ち去ることはできない」と言われてしまいます。


一方、ユーミンの「時のないホテル」では、東欧や中東を渡り歩くスパイやテロ事件について語られたあと、こう歌われます。

♪堅いニュースはすぐに忘れて
♪ゴシップだけが残る
♪回転ドアを少しまわせば
♪外の空気が流れ込むけどあわてて
♪とめに来るよ 制服着たボーイが

♪世界のあちこち 目には映らない
♪激しい河がうず巻いてる
♪ここは置き去りの時のないホテル
♪20世紀を楽しむ場所

♪ひげを抜かれたお客はみんな
♪けっしてここを出てはいけない
♪けっして
♪出てはいけない 出てはいけない
♪出てはいけない 出ては

2001〜2008年にLaracityで起こった出来事は、未来からは、どのように見えるのでしょうか。


閉鎖の告知以来、スージーは、ララシティの最後の日をどんなふうに迎えるのだろうと考えてきました。

このまちが本物のまちのようであり、本物のまちよりも友情にあふれているので、その最後の日というのは、この世の終わりのような、まだ生きていながら、死を味わうような気分になるのではないかと、市民の皆様の素敵なメッセージを読むほどに思うのです。

私も、飯島愛さんのように、誰もいない酒場で、過去の喧騒を想いながら、さびしく最後の時を迎えるのかと思っていました。

でも、この数ヶ月、毎週土曜日の深夜の私の店番の時間に来てくださり、最後の日々を、このように毎晩おつきあいくださり、とても感謝しています。

今夜、最後の時のことを考えていたら、平井堅さんの「楽園」という歌が浮かんできて、いま、くりかえし聴いているところです。最後のほうに、こんな歌詞が出てくるんです。

♪き〜え〜て〜く〜 あおいそらのか〜げ〜
♪ふりつ〜も〜る〜 まっし〜ろ〜な〜ゆ〜き〜
♪らくえん〜に〜 さい〜ご〜の〜はな〜
♪いろどるだろ〜

♪レッミーフライ せかい〜が〜お〜わ〜る〜
♪そのときには〜 つよく〜だきし〜め〜て〜いる〜よ
♪ユーアンドアイ ゆ〜びをからめ〜
♪あいを〜 なに〜かを〜 こ〜こにの〜こ〜し〜ゆこ〜う〜

ララシティは、あしたの午前0時で、時間が止まってしまうのでしょうか。そういえば、昔は「午前0時は魔の時間帯」と言って、この時刻になると、ララシティのすべての機能が一時的にストップした時期もありましたが…

あしたの夜も来てくださいますか。もし、いらっしゃるのなら、この歌のように、最後の時は、スージーをしっかり抱きしめていただけませんか。私、どうなっちゃうのかな。ちょっとこわいです。


悲しい出来事;;
2008/12/25(Thu) 03:29:17

5年前のクリスマスは、親友がミンダナオ島で交通事故にあって、ブルーな気分で過ごしましたが、今夜は「飯島愛さんが亡くなられた」と聞いて、涙が止まりません。

テレビドラマ・バージョンの「プラトニックス・セックス」を見たときは、他人事とは思えませんでした。私も、居場所がなくなったときに、水商売の世界に拾われて、デビューしたお店のママに「スージー」という名前をつけていただきました。そのころの私は、ひどくやせていて、ほねと「スジ」だったからだと、最近、教えてくださいました。お店が終わると、「送るよ」というお客さまにラブホに連れこまれる毎日で、同僚に「もっと自分を大切にしなよ」と言われていました。静岡でなくて、東京にいたら、AVに出ていたと思います。

そんな私なので、飯島さんがAV女優を隠さずに、正々堂々と芸能界で活躍したことは本当に立派だと思っていました。でも、脚をひっぱる人も、たくさんいたはず。

2007年3月の芸能界引退の報道に接して、ず〜っと戦い続けてきて、疲れちゃったんだなぁ…と思いました。とても大きな荷物を背負ってきた愛ちゃんの困難がしのばれます。愛ちゃんみたいに戦えなかった子もたくさんいて、愛ちゃんは、私たちの希望の星でした。まだ、どのような理由で亡くなられたのか、わかりませんが、「愛ちゃん、よくがんばったね、おつかれさま」と、言いたいです。「イエスさま、愛ちゃんを救ってくださいね」と、言いたいです。ご冥福をお祈り申し上げますm(_ _)m

P.S.
愛ちゃん、スージーは完全復活しました。金曜日の夜から、赤いオフショルダーのミニワンピース、黒のベルト、ピンクのストッキング、真っ赤なパンプス、赤い三角帽子という、セクシーサンタの格好で、毎晩パーティを盛りあげています。一時期、拒絶反応が出ていたおじさまたちとも、チークを踊れるようになり、日曜日のパーティでは「スター・オブ・ザ・パーティ」賞をいただきました。スージーは、もう少し、がんばってみますね!


セレステのモニュメントに刻んだ詩
2008/12/24(Wed) 07:15:24

ララシティは、本当のまちに住んでいるような演出ができているので、コミュニケーションしやすいですね。

まず、アバターですが、後発のYahoo!アバターよりもリアルで、こんな人なんだろうなという雰囲気が伝わってきますよね。Yahoo!アバターのように衣装の着せ替えができたら、もっと楽しめるので、市民からの要望も多かったのですが、そのシステムを構築するには、かなり経費がかかるのでしょうね。

次に、異国情緒あふれる街並みが素敵ですね。このティットル・タットルがあるサウスゲート地区は、ニューヨークのハーレムやブロンクスに似ていて、人々が本音で暮らしていて、けんかもあるけれど、素敵な音楽も聞こえてきそう。
ファウンテイン・スクウェアにも、潮風にあたりによく行きました。潮騒の音を聞きながら、「セレステのモニュメント」に、こんな詩を刻みました。


いのり

愛する人を追って
わたしは北国の小さなまちにいました。
窓の外では雪が舞い
遠く大陸から渡ってきた波の音が
ホテルの部屋にこだましました。

ふと立ち寄った、まちの本屋さんで、
こんな一節に出会いました。
「恋愛は、もっと愛してと、ねだる愛
 この世で、いちばん苦しい。
 本当の愛は、相手の心をおもいやること
 相手の欲していることをしてあげること」
わたしの愛は、ねだる愛なのだろうか。

神様、
わたしは、あの人のために
なんでもします。
でも、見返りは期待しません。
だから、あの人を救ってください。


この詩の舞台は、新潟県の柏崎市ですが、この詩を書いたあと、地震で原子力発電所が壊れて、とても心配しました。
引用したのは瀬戸内寂聴さんの言葉で、私が人を愛するとき、いつも心に誓う言葉になりました。


ティットル・タットルがオープンした頃
2008/12/15(Mon) 02:20:12

私がララシティにやってきたのは2001年12月です。そのころ、すでにティットル・タットルはあったのですが、お酒を注文しても、だれも返事をしてくれませんでした。

心配しながら様子を見ていると、市民のなかから「俺がバーテンダーをやる」と名乗り出てくれた人がいて、それが「金ちゃん」でした。私は、お酒のことはよくわからなかったのですが、リアルでクラブのホステスのアルバイトをやっていたので、「それじゃ、私も土曜日の深夜だけ接客を手伝います」と志願しました。

最初の頃は、お客さまがひっきりなしに来て、いそがしかったぁ。バーテンダーの金ちゃんがいない日もあって、お客さまから、聞いたことのないウイスキーやカクテルの注文が来ると、途方にくれました。ブックオフでお酒やおつまみのレシピの本を買って読んだり、リアル酒場で観察して、なんとかひとりで接客できるようになりました。

「ぴかくん」の部屋で、エッチな話をしていたのが当局に見つかって、私は留置場に入れられて、泣いていたら、金ちゃんやぴかくんを中心に、市民の皆様が差し入れや警察への抗議に来てくれて、びっくりしました。そのあと、真相を知りたいという声に応えて、私の部屋の日記にエッチ話を再現したら、みんなに怒られて、「やっぱりスージーは有罪だ」という話になって。私、一部の人たちに、かなり嫌われました。

しばらくすると、店のオーナーが「るるママ」さんを雇ってくれました。ママは、とてもあたたかい人で、毎日、朝から晩まで、高校生から主婦まで、いろんな相談にのっていて、私にはとてもまねできない、立派な人でした。だから、ママが店をやめるときは、本当に泣きました。

2002年は、ワールドカップサッカーが日本と韓国で開催されたので、ララシティの市民に呼びかけて、酒場のテレビを見ながら、日本代表をみんなで応援しました。みんな熱くなって、「選手に対する口のききかたがおかしい」という意見をきっかけに、けんかが始まって、ママと私で仲裁に入ったりもしました。その頃のお客さまで、いまも活躍しているのは「みあゆ」さんくらいかな。

ティットル・タットルがオープンした頃は、毎日いろいろな出来事がありました。あの頃に比べると、いまのララシティは、ゆったりとした時間が流れています。サミィさんが毎週来てくれるので、私も安心してしまい、「酒場に遊びに来てください」という新規顧客開拓のための個別訪問もやらなくなってしまいました。ごめんなさい。

閉鎖まで2週間。オープンの頃の情熱を思い出しながら、最後の日々を、悔いのないように過ごさなくては…


つめたき空のはて
2008/08/10(Sun) 03:05:26

白球を 追ふ少年が のめりこむ
つめたき空の はてに風鳴る/春日井建

私の在学中には考えられなかったことなのですが、母校が甲子園で
春夏連続出場を果たし、今週はついに初戦を突破しました。
久しぶりにテレビで高校野球を観戦し、高校時代、県大会の応援に
行ったことを思い出しました。大舞台でも気負わずに淡々とプレー
する後輩たちの姿に、わが母校らしさを感じ、うれしく思いました。


おほかた赤し
2008/08/03(Sun) 16:46:54

東海の 夜明と君が くちびると
わが思ふこと おほかた赤し/与謝野寛

金曜日と土曜日の夜、清水みなと祭りの総おどりに友人と参加し、
♪おまえがす〜きなのさ あなたがす〜きだから とうたう宇崎竜童
さんの歌に乗って2時間30分、楽しく踊ってきました。土曜の夜は
蒸し暑く、1リットルの水を飲んだので、同じ量の汗が流れたのでは。
悩みはすべて忘れて 束の間の季節、今年もまた熱く燃えました。


夢を見る宵
2008/07/22(Tue) 04:23:07

夜とともに ぬるとは袖を 思ふ身も
のどかに夢を 見るよひぞなき/和泉式部

金曜日の夜、満月の明るい光が影をつくっているのを見ました。
土曜日、静岡も梅雨明け。夜、観覧車のイルミネーションを
眺めながら、踊りの練習をしました。日曜日、昔のディスコの
踊り仲間が集まると聞いて、ドレスアップして出かけました。
クールに踊っていたのに、最後は抱きしめられちゃいました。

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